第2章 STAGE 7
数の代わりに倍数の集まり
イデアルという「部品」
🎯 ミッション
「a が b を割り切る」を倍数の集まりの包含で言いかえ、a+b√−5 の集まり A={2x+(1+√−5)y} が「a+b が偶数の数全体」と一致することを両方向から示そう。A がどの1つの数の倍数の集まりでもないこと、イデアルの定義を説明できれば合格。
未達成

ねこ博士
前のステージで、a+b√−5 の世界では、2 が既約元(これ以上分けられない数)なのに素元(積を割り切れば因数のどちらかを割り切る数)でないために、6=2×3=(1+√−5)(1−√−5) と分解が2通りになることを確かめた。クンマーの考えは、2 や 1+√−5 は本当はまだ分けられるのに、それを分ける「部品」がこの世界の数の中にないだけだ、というものだった。部品が数として存在しないなら、どうやって扱えばいいか。手がかりは、「割り切る」を倍数の集まりで言いかえることにある。まず整数で考えよう。n の倍数全体の集まりを (n) と書くことにする。2 が 6 を割り切ることと、(6) と (2) の関係を考えてごらん。

うさ美
6=2×3 なので、6 の倍数 6k は 2×(3k) と書けて、2 の倍数です。だから (6) は (2) の中に入っています。逆に (6) が (2) の中に入っているなら、6 自身が (6) の数なので 2 の倍数で、2 は 6 を割り切ります。「2 が 6 を割り切る」と「(6) が (2) に含まれる」は同じことです。割る数のほうが、大きな集まりになるんですね。
割り切る=含む。数直線の上で、2 の倍数を青、6 の倍数を赤で示した(赤は青の一部でもある)。6 の倍数はどれも 2 の倍数の中に入っている。「2 が 6 を割り切る」ことは「6 の倍数の集まりが 2 の倍数の集まりに含まれる」ことと同じ。割る数ほど大きな集まりになる

ねこ博士
そう。数そのものの代わりに、倍数の集まりで「割り切る」を言いかえられる。次は最大公約数だ。4 と 6 に整数を掛けて足した数 4x+6y を全部集めた集まりを考える。これはどんな集まりかな?

うさ美
4x も 6y も偶数なので、4x+6y はいつも偶数です。逆に、4×(−1)+6×1=2 なので 2 が作れて、x と y を k 倍すれば 4×(−k)+6×k=2k で、どんな偶数も作れます。だから {4x+6y} は (2) とちょうど同じ集まりで、2 は 4 と 6 の最大公約数です。STAGE4 で、最大公約数はいつも ax+by の形に書けると分かったので、どんな a, b でも {ax+by} は最大公約数の倍数の集まりです。
ax+by の形の数を全部集める。x, y を −12 から 12 まで動かしたときの ax+by を、数直線の −24〜24 の範囲に点で示した(同じ数は1つの点)。現れる数は最大公約数の倍数ばかりで、最大公約数の倍数はひとつ残らず現れる。{ax+by} は、最大公約数 g の倍数の集まり (g) そのもの

ねこ博士
そう。つまり整数の世界では、「2つの数の最大公約数」と「ax+by の形の数の集まり」は同じ情報をもっている。では a+b√−5 の世界で、2 と 1+√−5 の最大公約数を考えよう。2 と 1+√−5 の両方を割り切る数 d は何があるかな? STAGE2 のノルムを使ってごらん。

うさ美
d が 2 を割り切るなら、2=d×c で N(d)×N(c)=N(2)=4 なので、N(d) は 4 の約数です。d が 1+√−5 を割り切るなら、同じように N(d) は 6 の約数です。4 と 6 の公約数は 1 と 2 で、この世界にノルム 2 の数はないので N(d)=1、つまり d=±1 です。公約数は単数 ±1 だけです。

ねこ博士
そう。整数の世界なら、公約数が ±1 だけなら ax+by=1 と書けるはずだった。ここでも 2x+(1+√−5)y=1 となる x, y がこの世界にあるか、調べよう。x, y をこの世界のどんな数にしてもよいとして、2x+(1+√−5)y の形の数を全部集めたものを A と書く。x=c+d√−5 として、2x と (1+√−5)x を計算してごらん。

うさ美
2x=2c+2d√−5。(1+√−5)(c+d√−5)=c+d√−5+c√−5+d(√−5)²=(c−5d)+(c+d)√−5。どちらも a+b√−5 の形で書くと、a+b が 2c+2d と (c−5d)+(c+d)=2c−4d で、どちらも偶数です。a+b が偶数の数どうしを足しても、a どうし b どうしを足すので a+b はやはり偶数です。だから A の数は、どれも a+b が偶数です。1 は 1+0=1 で奇数なので、1 は A に入りません。2x+(1+√−5)y=1 は作れません。

ねこ博士
よく調べたね。逆に、a+b が偶数の数は、全部 A に入るかな? a+b√−5 を、1+√−5 の何倍かと残りに分けてごらん。

うさ美
a+b√−5=(a−b)+b(1+√−5) です。a−b=(a+b)−2b で、a+b が偶数なら a−b も偶数なので、a−b=2×((a−b)/2) と書けます。だから a+b√−5=2×((a−b)/2)+(1+√−5)×b で、A の形です。A は「a+b が偶数の数」全体とちょうど一致します。
A={2x+(1+√−5)y}(x, y は a+b√−5 の世界の数)
【A の数は a+b が偶数】2(c+d√−5)=2c+2d√−5:a+b=2c+2d(偶数)
(1+√−5)(c+d√−5)=(c−5d)+(c+d)√−5:a+b=2c−4d(偶数)。偶数どうしの和も偶数
【a+b が偶数なら A の数】a+b√−5=(a−b)+b(1+√−5)=2×((a−b)/2)+(1+√−5)×b(a−b=(a+b)−2b も偶数)
→ A={a+b√−5 | a+b が偶数}。1 は入らない(1+0 は奇数)
x, y の範囲
A={2x+(1+√−5)y} を格子の上で作る。a+b√−5 を横 a・縦 b√5 の点として並べ、x, y(どちらも c+d√−5 の形で、c, d を選んだ範囲で動かす)から作れた数を紫の点で示した。範囲を広げると、a+b が偶数の点(市松模様の半分)が埋まっていく。2 と 1+√−5 は入り、1 と 3 は入らない

ねこ博士
さて、整数の世界では {ax+by} は最大公約数の倍数の集まりだった。A も、何かの数 d の倍数の集まり (d) になっているかな?

うさ美
もし A=(d) なら、2 は A に入るので d の倍数、つまり d は 2 を割り切ります。1+√−5 も A に入るので、d は 1+√−5 も割り切ります。d は公約数なので、さっき調べたとおり d=±1 です。でも (±1) はこの世界の数全部で、1 も入ります。A には 1 が入らないので、矛盾です。A は、どの数の倍数の集まりでもありません。

ねこ博士
それが大事な発見なんだ。整数の世界では「数」と「倍数の集まり」は1対1に対応していた。a+b√−5 の世界では、A のように、どの数の倍数の集まりでもないのに、倍数の集まりと同じ性質をもつ集まりがある。A は 2 も 1+√−5 も 6 も含み、3 は含まない。数としては存在しない「2 と 1+√−5 の最大公約数」が、集まりとしては存在している。これがクンマーの「見えない部品」の正体だ。1871年にデデキントは、こういう集まりをイデアルと名づけた。では、「倍数の集まりと同じ性質」とは何か。d の倍数の集まり (d) には、どんな性質があるかな?

うさ美
d の倍数どうしを足しても引いても d の倍数です。dx±dy=d(x±y) だからです。それと、d の倍数に世界のどんな数を掛けても、やはり d の倍数です。(dx)×r=d(xr) だからです。A も、2x+(1+√−5)y どうしを足し引きすると x どうし y どうしをまとめられて、どんな数 r を掛けても 2(xr)+(1+√−5)(yr) なので、同じ2つの性質をもっています。
イデアル環(数の世界)の数の集まり I が次の2つをみたすとき、I をイデアルという(ここでは 0 以外の数も含むものを考える)。
・I の2つの数を足しても引いても、I に入る
・I の数に、世界のどんな数を掛けても、I に入る
例:数 d の倍数の集まり (d)、A={2x+(1+√−5)y}。2つの数 a, b から作る {ax+by} を (a, b) と書く。A=(2, 1+√−5)
・I の2つの数を足しても引いても、I に入る
・I の数に、世界のどんな数を掛けても、I に入る
例:数 d の倍数の集まり (d)、A={2x+(1+√−5)y}。2つの数 a, b から作る {ax+by} を (a, b) と書く。A=(2, 1+√−5)

ねこ博士
そう。この2つの性質は、「ある部品で割り切れる数の集まり」がもつべき性質そのものだ。部品で割り切れる数どうしの和や差は割り切れるし、割り切れる数の倍数も割り切れる。だからこの2つを、部品の定義にするんだ。例と、当てはまらない例を見ておこう。STAGE1 で、偶数全体は 1 を含まないから環ではない、と言ったね。整数の世界で、偶数全体はイデアルかな?

うさ美
偶数どうしの和も差も偶数で、偶数にどんな整数を掛けても偶数です。偶数全体 (2) はイデアルです。奇数全体は 1+1=2 が奇数でないので、イデアルではありません。2 の倍数と 3 の倍数を合わせた集まりも、2+3=5 がどちらの倍数でもないので、イデアルではありません。
| 世界 | 集まり | 足し算・引き算 | 世界の数を掛ける | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 整数の世界 | 2 の倍数(偶数)全体 | ○ | ○ | イデアル |
| 整数の世界 | n の倍数全体 | ○ | ○ | イデアル |
| 整数の世界 | 奇数全体 | ×(1+1=2) | ×(2×1=2) | でない |
| 整数の世界 | 2 の倍数と 3 の倍数を合わせた集まり | ×(2+3=5) | ○ | でない |
| 整数の世界 | 0 以上の整数全体 | ×(2−5=−3) | ×((−1)×2) | でない |
| a+b√−5 | A={2x+(1+√−5)y} | ○ | ○ | イデアル |
イデアルの例と、当てはまらない例。「足し算・引き算で閉じる」「世界の数を掛けても外に出ない」の2つを両方みたすものがイデアル。0 以上の整数全体は、−1 を掛けると外に出るのでイデアルではない

ねこ博士
その通り。最後に、整数の世界のイデアルはどれも、ある数 d の倍数の集まり (d) になることを確かめておこう。そうすれば、A のようなものが現れるのは整数より広い世界ならではだと分かる。I を整数のイデアルとして、I に入っている正の数のうちいちばん小さいものを d とする。I の数 m を d で割ってごらん。

うさ美
m=qd+r(0≦r<d)と書けます。m は I に入っていて、qd は d に整数 q を掛けたので I に入ります。だから差の r=m−qd も I に入ります。r は d より小さく、d は I の正の数でいちばん小さいので、r は正の数ではありえず、r=0 です。だから m=qd で、I の数はどれも d の倍数です。逆に d の倍数は d に整数を掛けたものなので I に入ります。整数のイデアルは (d) の形だけです。ここでも余りのある割り算が効いているんですね。

ねこ博士
そう。余りのある割り算ができる世界では、イデアルはどれも1つの数の倍数の集まりになり、「数」と「部品」の区別はいらない。a+b√−5 の世界では割り算がうまくいかないから、A のような「数で書けない部品」が現れる。次のステージでは、このイデアルどうしを掛け算して、こわれた素因数分解 6=2×3=(1+√−5)(1−√−5) を修理しよう。
【このステージの成果】
「2 が 6 を割り切る」⇔「6 の倍数の集まり (6) が 2 の倍数の集まり (2) に含まれる」。割る数ほど大きな集まり
整数では {ax+by}=(最大公約数の倍数)。例:{4x+6y}=(2)
a+b√−5 の世界で、2 と 1+√−5 の公約数は ±1 だけ(ノルム 2 の数がない)なのに、2x+(1+√−5)y=1 は作れない
A=(2, 1+√−5)={a+b√−5 | a+b が偶数}(両方向から証明)。A はどの数の倍数の集まりでもない=数で書けない部品
イデアル:足し算・引き算で閉じ、世界の数を掛けても外に出ない集まり(1871年 デデキントの命名)。偶数全体 (2) は整数のイデアル
整数のイデアルはすべて (d) の形(いちばん小さい正の数 d で割った余りが 0 になる)
確認クイズ
Q1. 整数の世界で「2 が 6 を割り切る」と同じことは?
正解! 6=2×3 なので 6k=2(3k) はどれも 2 の倍数。逆に 6 が (2) に入れば 2 は 6 を割り切る。割る数のほうが大きな集まりになる。
Q2. A={2x+(1+√−5)y}={a+b√−5 | a+b が偶数} に入らない数は?
正解! 3=3+0√−5 は a+b=3 で奇数。6 は 6+0=6、1−√−5 は 1+(−1)=0 で、どちらも偶数なので A に入る。
Q3. A がどの1つの数 d の倍数の集まりでもない理由は?
正解! 2 と 1+√−5 が A に入るので d は両方を割り切る。ノルム 2 の数がないので d=±1。すると (d) は世界全体で 1 を含むが、1+0 は奇数なので 1 は A に入らない。