第2章 STAGE 8
部品の掛け算
こわれた素因数分解を修理する
🎯 ミッション
イデアルの掛け算(積をすべて足し合わせた集まり)を使って、A×A=(2)、A×B=(1+√−5)、A×C=(1−√−5)、B×C=(3) を計算しよう。6 の2通りの分解がどちらも A·A·B·C であること、A, B, C が素元と同じ性質をもつことを説明できれば合格。
未達成

ねこ博士
前のステージで、a+b√−5 の世界には、どの数の倍数の集まりでもないイデアル(足し算・引き算で閉じ、世界の数を掛けても外に出ない数の集まり)A=(2, 1+√−5)={2x+(1+√−5)y} があると分かった。A は「2 と 1+√−5 の最大公約数にあたる、数で書けない部品」だ。今日はこの部品どうしを掛け算できるようにして、6=2×3=(1+√−5)(1−√−5) が実は同じ部品の組み合わせだったことを確かめる。これができれば、こわれた素因数分解の修理が完成する。まず、数の倍数の集まりどうしの掛け算から考えよう。整数の世界で、(2) の数と (3) の数を掛けると、どんな数ができるかな?

うさ美
2x×3y=6xy なので、どれも 6 の倍数です。6=2×3 もその1つです。6 の倍数を全部作るには、6×k=(2k)×3 なので、2k と 3 を掛ければいいです。(2) の数と (3) の数の積を全部集めると、ちょうど (6) になります。

ねこ博士
そう。ただ、一般のイデアルでは「積を集めただけ」では、足し算で閉じないことがある。そこで、こう決める。イデアル I と J の積 IJ は、「I の数と J の数の積」をいくつか足し合わせた数を全部集めたもの。こうすれば足し算・引き算で閉じるし、世界の数を掛けても外に出ないので、IJ もイデアルになる。数の倍数の集まりなら (a)(b)=(ab) で、数の掛け算とぴったり合う。だから、イデアルの掛け算は数の掛け算を広げたものになっているんだ。A=(2, 1+√−5) のように2つの数から作ったイデアルどうしの掛け算は、どう計算すればいいかな? (a₁, a₂) と (b₁, b₂) で考えてごらん。

うさ美
(a₁, a₂) の数は a₁x+a₂y、(b₁, b₂) の数は b₁z+b₂w の形です。掛けると (a₁x+a₂y)(b₁z+b₂w)=a₁b₁xz+a₁b₂xw+a₂b₁yz+a₂b₂yw。どの積も、4つの数 a₁b₁, a₁b₂, a₂b₁, a₂b₂ にそれぞれ世界の数を掛けて足した形です。それを足し合わせても同じ形です。逆に、その形の数は積の和で作れます。だから (a₁, a₂)(b₁, b₂)=(a₁b₁, a₁b₂, a₂b₁, a₂b₂) で、4つの積から作ったイデアルです。
イデアルの積:IJ={I の数と J の数の積を、いくつか足し合わせた数}
数の倍数の集まりでは (a)(b)=(ab)(例:(2)(3)=(6))
(a₁x+a₂y)(b₁z+b₂w)=a₁b₁xz+a₁b₂xw+a₂b₁yz+a₂b₂yw
→ (a₁, a₂)(b₁, b₂)=(a₁b₁, a₁b₂, a₂b₁, a₂b₂)(4つの積から作ったイデアル)

ねこ博士
そう。では A×A を計算しよう。A=(2, 1+√−5) だから、4つの積は 2×2, 2×(1+√−5), (1+√−5)×2, (1+√−5)² だ。

うさ美
2×2=4、2(1+√−5)=2+2√−5 が2回、(1+√−5)²=1+2√−5+(√−5)²=1+2√−5−5=−4+2√−5。だから A×A=(4, 2+2√−5, −4+2√−5) です。3つとも 2 の倍数なので、A×A の数はどれも 2 の倍数です。A×A は (2) に含まれます。

ねこ博士
そう。逆に、(2) が A×A に含まれることを示したい。そのためには何が言えればいいかな?

うさ美
2 が A×A に入れば、A×A はイデアルなので、2 に世界のどんな数を掛けても A×A に入ります。だから 2 そのものを、4, 2+2√−5, −4+2√−5 の足し算・引き算で作れればいいです。√−5 の部分を消すには、(2+2√−5)−(−4+2√−5)=6。6 から 4 を引くと、6−4=2! 2 が作れました。だから A×A=(2) です。
A×A の中で 2 を作る。a+b√−5 を横 a・縦 b√5 の点として並べた。「次へ」を押すと、A×A の4つの積(紫)→ 引き算で √−5 の部分を消して 6(金)→ 6−4=2(赤)→ 2 に世界の数を掛けた数、つまり 2 の倍数全体(a も b も偶数の点)がすべて A×A に入る、と順に進む

ねこ博士
よく作ったね。「2=A×A」、つまり 2 は数としてはもう分けられないけれど、部品のレベルでは A を2つ掛けたものだったんだ。次に、3 の部品を作ろう。B=(3, 1+√−5) と C=(3, 1−√−5) だ。A が「a+b が偶数の数」だったように、B は「a−b が 3 の倍数の数」、C は「a+b が 3 の倍数の数」全体になる。B について、前のステージと同じように確かめてごらん。

うさ美
3(c+d√−5)=3c+3d√−5 は a−b=3c−3d で 3 の倍数。(1+√−5)(c+d√−5)=(c−5d)+(c+d)√−5 は a−b=(c−5d)−(c+d)=−6d で 3 の倍数です。逆に a−b が 3 の倍数なら、a+b√−5=(a−b)+b(1+√−5)=3×((a−b)/3)+(1+√−5)×b で B の形です。C も、a+b√−5=(a+b)−b(1−√−5) と分ければ同じです。2 は 2−0=2 で B に入らず、3 は入ります。1+√−5 は B に入って、1−√−5 は 1−(−1)=2 なので入りません。
A=(2, 1+√−5)={a+b√−5 | a+b が偶数}
B=(3, 1+√−5)={a+b√−5 | a−b が 3 の倍数}(a+b√−5=(a−b)+b(1+√−5))
C=(3, 1−√−5)={a+b√−5 | a+b が 3 の倍数}(a+b√−5=(a+b)−b(1−√−5))
2 は A だけに、3 は B と C に、1+√−5 は A と B に、1−√−5 は A と C に入る
表示
部品 A, B, C を格子の上で色分けする。a+b√−5 の点を、A に入れば紫の輪、B に入れば金の輪、C に入れば青の輪で囲んだ(重なる点は輪が二重になる)。A は市松模様、B と C は斜めのしま模様に並ぶ。2, 3, 1±√−5(赤い点)がどの部品に入るか(○)入らないか(×)が、図の下に表示される

ねこ博士
そう。では残りの掛け算だ。A×B の4つの積を求めて、それが (1+√−5) と同じイデアルになることを確かめてごらん。

うさ美
4つの積は 2×3=6、2(1+√−5)=2+2√−5、3(1+√−5)=3+3√−5、(1+√−5)²=−4+2√−5。6=(1+√−5)(1−√−5) で、ほかの3つも (1+√−5) に 2, 3, 1+√−5 を掛けた数なので、どれも 1+√−5 の倍数です。逆に (3+3√−5)−(2+2√−5)=1+√−5 が作れます。だから A×B=(1+√−5) です。

ねこ博士
そう。A×C の積は 2×3=6、2(1−√−5)=2−2√−5、(1+√−5)×3=3+3√−5、(1+√−5)(1−√−5)=6 だ。3+3√−5 は (1−√−5)(−2+√−5) と書けるから、4つとも 1−√−5 の倍数になる。1−√−5 そのものは、6−(2−2√−5)−(3+3√−5) で作れる。B×C はどうかな?

うさ美
(1−√−5)(−2+√−5)=−2+√−5+2√−5−(√−5)²=−2+3√−5+5=3+3√−5 で確かにそうです。6−(2−2√−5)−(3+3√−5)=(6−2−3)+(2−3)√−5=1−√−5 も合っています。B×C の積は 3×3=9、3(1−√−5)、3(1+√−5)、(1+√−5)(1−√−5)=6 で、どれも 3 の倍数です。9−6=3 が作れるので、B×C=(3) です。
| 掛け算 | 部品の数どうしの積(4つ) | 目当ての数を作る | 結果 |
|---|---|---|---|
| A×A | 4, 2+2√−5, 2+2√−5, −4+2√−5 | (2+2√−5)−(−4+2√−5)=6、6−4=2 | (2) |
| A×B | 6, 2+2√−5, 3+3√−5, −4+2√−5 | (3+3√−5)−(2+2√−5)=1+√−5 | (1+√−5) |
| A×C | 6, 2−2√−5, 3+3√−5, 6 | 6−(2−2√−5)−(3+3√−5)=1−√−5 | (1−√−5) |
| B×C | 9, 3−3√−5, 3+3√−5, 6 | 9−6=3 | (3) |
部品どうしの掛け算の一覧。2つの数から作ったイデアルどうしの積は、数どうしの4つの積から作ったイデアル。4つの積がどれもある数の倍数で、しかもその数を足し算・引き算で作れれば、積はその数の倍数の集まりになる

ねこ博士
これで材料がそろった。イデアルの掛け算は、数の積を足し合わせたものだから、数の掛け算と同じように、順番を入れかえたり、まとめ方を変えたりしてもいい。6 の倍数の集まり (6) を、2通りに見てごらん。

うさ美
(6)=(2)(3)=(A×A)(B×C)=A·A·B·C です。もう一方は (6)=(1+√−5)(1−√−5)=(A×B)(A×C)=A·A·B·C。どちらも同じ4つの部品 A, A, B, C です! 2×3 と (1+√−5)(1−√−5) は、部品の組み合わせ方が違うだけだったんですね。
6 の2通りの分解は、部品の組み替え。上の段は A と A を組んで (2)、B と C を組んで (3)。下の段は A と B を組んで (1+√−5)、A と C を組んで (1−√−5)。数の世界では 2, 3, 1±√−5 がそれ以上分けられないので2通りに見えたが、部品のレベルでは同じ A·A·B·C になる

ねこ博士
そう。最後に、A, B, C がもうこれ以上分けられない部品で、しかも素元と同じ性質をもつことを確かめよう。2 がこわれていたのは、「積を割り切るのに、どちらの因数も割り切らない」からだった。A について、「xy が A に入るなら、x か y が A に入る」が言えれば、A は 2 のようにはこわれない。x=a+b√−5, y=c+d√−5 の積の a+b にあたる数を計算してごらん。

うさ美
xy=(ac−5bd)+(ad+bc)√−5 なので、a+b にあたる数は ac−5bd+ad+bc です。(a+b)(c+d)=ac+ad+bc+bd なので、ac−5bd+ad+bc=(a+b)(c+d)−6bd。6bd は偶数なので、xy が A に入る(これが偶数)のは、(a+b)(c+d) が偶数のときです。整数の 2 は素元なので、a+b か c+d が偶数、つまり x か y が A に入ります。−6bd は 3 の倍数でもあるので、C でも同じことが言えます。B なら a−b にあたる数が (a−b)(c−d)−6bd になります。
x=a+b√−5、y=c+d√−5、xy=(ac−5bd)+(ad+bc)√−5
xy の「a+b」:ac−5bd+ad+bc=(a+b)(c+d)−6bd((a+b)(c+d)=ac+ad+bc+bd から 6bd を引く)
xy の「a−b」:ac−5bd−ad−bc=(a−b)(c−d)−6bd
6bd は 2 でも 3 でも割り切れる → xy が A(または B, C)に入るなら、x か y が入る(整数の 2, 3 が素元だから)
→ A, B, C は「素元の性質」をもつ部品(素イデアル)

ねこ博士
その通り。こういうイデアルを素イデアルという。数の世界では 2 は素元の性質をもたなかったけれど、部品 A は素元の性質をもっている。そして、デデキントは1870年代に次のことを証明した。a+b√−5 やガウス整数、ラメが使った 1 の p 乗根の世界のような「整数を広げた世界」では、0 でないどのイデアルも、素イデアルの積に、順番を除いてただ1通りに分けられる。これをデデキントの定理という。証明はこの章の道具だけでは長くなるので省くけれど、6 の例で見たとおり、数ではこわれた素因数分解が、部品のレベルでは元どおり1通りになるんだ。

うさ美
数で書ける部品と、A のように数で書けない部品があるんですね。A×B=(1+√−5) のように、数で書けない部品どうしを掛けると、数になることもあります。数で書けない部品は、どれくらいたくさんあるんですか?

ねこ博士
いい質問だね。数で書ける部品をまとめて1種類と数え、「掛けて数になる相手が同じもの」を同じ種類と見ることにすると、a+b√−5 の世界の部品は、ちょうど2種類に分かれる。数で書ける部品と、A の仲間だ。B も C も A の仲間で、たとえば B×B=(2−√−5) と数になる。この種類の数を類数という。ガウス整数の世界は、余りのある割り算ができるから前のステージの最後の証明と同じ理由でどのイデアルも1つの数の倍数の集まりになり、類数は 1 だ。類数が 1 のとき、そしてそのときに限り、数の素因数分解がただ1通りになる。類数は「素因数分解がどれくらいこわれているか」を測る数なんだ。

うさ美
ラメの 1 の p 乗根の世界でも類数があって、p=23 のときに 1 でなくなる、ということですか? フェルマーの最終定理は、そこからどうなったんですか?

ねこ博士
そう。クンマーは1847年ごろ、類数そのものが 1 でなくても、類数が p で割り切れなければ、部品の考え方でラメの証明を修理できることを示した。そういう p を正則素数という。100 より小さい素数では、37, 59, 67 を除くすべてが正則素数で、クンマーはそれらすべてについてフェルマーの最終定理を証明した。けれど正則でない素数は無限にあることがのちに分かり、この方法では全部には届かなかった。最終的な証明は、1995年に発表されたワイルズの論文で、まったく別の方向からやってきた。その道のりは『フェルマーの最終定理、証明への道』で、群・環の言葉を使ってたどれるよ。

うさ美
第1章の群は、この章では「環は足し算について群になる」という形で出てきました。掛け算のほうでは、群は出てこないんですか? 第1章で、整数の掛け算は 2 に逆元がないので群にならない、と確かめましたが。

ねこ博士
いいところに気づいたね。掛け算で群になるのは単数全体だ。単数どうしの積も単数で、どの単数にも掛けて 1 になる相手がいるからね。ガウス整数の単数 1, i, −1, −i は、掛け算で 90° ずつ回る群になる。mod n の世界の単数は、ax+ny=1 と書ける数、つまり n と互いに素な数で、第1章で RSA に使った掛け算の群そのものなんだ。では、この章のまとめだ。環という舞台を作り、単数・既約元・素元という言葉で「ただ1通り」のしくみを分解し、余りのある割り算がそれを支えていることを突き止めた。そして、こわれた世界をイデアルで修理した。次の第3章では、割り算までいつでもできる世界、体を主役にする。この章で作った ax+py=1 は、mod p の世界で割り算ができる理由にもなる。体を √ で少しずつ広げていくと、2000年以上解けなかった作図の問題、「角の三等分はできるか」に答えが出せるんだ。
【このステージの成果】
イデアルの積 IJ:I の数と J の数の積を足し合わせた数全体。(a)(b)=(ab)、(a₁, a₂)(b₁, b₂)=(a₁b₁, a₁b₂, a₂b₁, a₂b₂)
A×A=(4, 2+2√−5, −4+2√−5):どれも 2 の倍数で、(2+2√−5)−(−4+2√−5)=6、6−4=2 → A×A=(2)
B=(3, 1+√−5)(a−b が 3 の倍数)、C=(3, 1−√−5)(a+b が 3 の倍数)。A×B=(1+√−5)、A×C=(1−√−5)、B×C=(3)
(6)=(2)(3)=(1+√−5)(1−√−5)=A·A·B·C:2通りの分解は同じ部品の組み替え
A, B, C は素イデアル(xy の「a+b」=(a+b)(c+d)−6bd)。デデキントの定理:イデアルは素イデアルの積にただ1通りに分かれる
類数:部品の種類の数。a+b√−5 は 2、ガウス整数は 1。クンマーは正則素数(100 未満では 37, 59, 67 以外)でフェルマーの最終定理を証明
確認クイズ
Q1. A=(2, 1+√−5) について、A×A の中で 2 を作る計算として正しいものは?
正解! A×A は 4, 2+2√−5, −4+2√−5 から作るイデアル。(1+√−5)²=−4+2√−5 なので、(2+2√−5)−(−4+2√−5)=6、そこから 4 を引いて 2。3つ目の選択肢の (1+√−5)(1−√−5) は A×A の4つの積に入っていない。
Q2. 6 の2通りの分解 2×3 と (1+√−5)(1−√−5) を、部品 A, B, C で表すと?
正解! A×A=(2)、B×C=(3)、A×B=(1+√−5)、A×C=(1−√−5)。組み合わせ方が違うだけで、部品は同じ A, A, B, C。
Q3. a+b√−5 の世界の類数が 2 であることの意味は?
正解! 数で書ける部品をまとめて1種類とすると、数で書けない部品は A の仲間(B, C も含む)の1種類だけで、合わせて2種類。ガウス整数では類数 1 で、素因数分解がただ1通り。